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NPO法人弱視の子どもたちに絵本を

視覚障碍者と数学

 視覚障害者が点字を使って文字を読み書きしているのは有名である。しかし、点字によってアルファベットや音符、さらには数学記号までもが書き表せるということは、知らない方も多いのではないだろうか。

 数学は、想像上の世界を研究する学問である。そのため、現実世界を認識するための視覚を必要としていない。必要なのは、想像上の世界を見つめる心の目だけだ。数式を点字で読み書きができる現代においては、なおさらである。

 最も偉大な数学者として知られるレオンハルト・オイラーは、仕事場の劣悪な環境とストレスによって片目を失明し、その40年後にはもう片方も失明している。にもかかわらず、数学センスは衰えるどころか冴え渡り、生産性も上がっている。片目を失明したとき、「おかげで気が散らなくなった。前より数学の研究に打ち込める。」と語ったという逸話があるほどだから、感服するほかない。

 この例からもわかるとおり、目が見えないことは数学を学ぶ上での妨げにはならないのである。

 しかし、視覚障害者であるからこそ不利益を被る場合もある。

 それは、図形を、その中でも特に立体的なものを想像することである。

 視覚障害者が図形を把握する方法は、大きく分けて二つある。

 一つは、文字による説明から想像を膨らませる方法である。これは特別な図を必要としないため便利であるが、欠点もある。複雑な図形には対応できないことだ。「半径が5cmで中心角が60°の扇形」や「底面が1篇3cmの正三角形で高さが5cmである三角錐」などならまだしも、「1篇が10cmの正方形の内部でその正方形に内接する円の外部にある領域」や「縦4cm横5cm高さ3cmの直方体から、その直方体の上野面の左下の点から下に1cm奥に2cm移動した点を上野面の左下の点とする縦1cm横3cm高さ1cmの直方体を切り取った立体」などといわれても、何がなんだかさっぱりわからないだろう。

 二つ目は、何かしらの方法で平面的な図形を触ってわかるようにすることである。点字の点をその図形の形に配置するというのが、点図と呼ばれる最も一般的な方法だ。

 点図は、平面図形を理解する上で、非常に便利である。横に若干の説明を添えれば、健常者と全く同じ情報が得られる。全体的に物事を把握できる視覚に比べて、触覚では図の全体像を把握するのには時間がかかるが、とにかく時間さえかければ、ある程度規則的で法則性を持つ図形ならば、健常者とほぼ同等に図を理解することが可能なのである。

 しかし、立体図形はというと、状況が異なってくる。視覚障害者には、「斜めから立体を見る」という概念がないからである。

 もちろん、これはわたしの意見であって、中には違う意見の方もおられるだろう。中途失明の場合は、その概念を見える時期にすんなり理解していたため、見えなくなっても斜めからの立体の把握を自然に行える方もおられるかもしれない。

 しかし、斜めから立体を把握できるのは、空間をそのまま把握できる視覚特有の話しであり、ほとんど点といっても過言ではない指先からの情報では、わざわざ立体を斜めから見る利益を享受できないどころか、妙に図が歪むため、逆に立体の把握が困難になるのだ。

 そのため、視覚障害者に立体を図で示す場合は、見取り図ではなく投影図という図を使うことが好ましい。

 投影図というのは、立体を立面図(前から見た図)と平面図(上から見た図)の組で表したものである。場合によっては、それらに側面図(横から見た図)を追加することもある。

 だが、この方法でも、健常者と同等な理解を求めるのは酷である。投影図は立体を平面に分けたものであるから、最終的にそれらの平面を空間的に繋ぎあわせて、一つの立体のイメージにまとめ上げる必要がある。これが難しい。文字による説明でわからないほど複雑な立体は、図を触ってもわからないというのが実情である。

 ただし、決して図が無意味というわけではない。平面の場合は非常に便利だし、立体の場合でも文字による説明を理解することの助けになるのは間違いない。図によってだけでは理解が困難であるという話である。

 文字による説明と図による説明。この二つを組み合わせることが重要なのである。

 また、視覚障碍者と健常者の間には、数学を学ぶ能力には違いがなくとも、数学を学ぶための教材には雲泥の差がある。

 数学に限った話ではないが、本当に何かを勉強したいならば、学校に頼るだけでは不十分である。そのため、自分から何かしらの教材を探して、それを使って勉強することになる。

 その場合、最も多く使用されるのは参考書などの本であろう。しかし、健常者に提供される本の数に対して、視覚障害者に提供される本の数は圧倒的に少ない。しかも、その数少ない本を探すのが、視覚障害者にとっては難しい。本の巻末についている参考分権や、インターネットのページで紹介されている本が、視覚障害者が読むことのできる形態で存在するとは限らないからだ。

 ここで、小説やエッセイのようなものなら、誰かに読んでもらうことも可能である。しかし、数学記号の満載の本を読み上げるのは大変だし、読む側が数学好きでなければ、拷問でしかないだろう。そもそも、数学関連の本は、理解するまでじっくり考えるのが重要であり、自分のペースで読まなければ内容が身につかない。やはり、人に読んでもらうだけでは対応できないのだ。

 もう一つの数学を学ぶ方法は、インターネットを使うことである。いまや、多くのインターネット上のページで数学の解説を読むことができる。これを利用しない手はない。

 視覚障害者も、インターネットを使うことができる。その証拠に、私はこの記事を投稿できている。音声で画面表示を読み上げてくれるパソコンやスマホがあり、それを使って文字入力もインターネット検索もできるのだ。

 しかし、その数学記号の読み上げは完璧とはいえない。ページによっては、記号に画像が使われているため全く読み上げなかったり、上付きや下付きを読み上げなかったりするのだ。

 さらに、動画の場合、数式は書くだけで読み上げないというものがおおい。特に、式変形は省略されがちである。全てを読み上げるのは面倒なのだろうが、もう少し読み上げてくれたらと思わずにはいられない。

 とにかく、教材不足というのは、視覚障害者が数学を学ぶ上での最も大きな障害の一つなのである。